#2 バイバイ。
ロゼマがやさぐれてます。
原作と齟齬があるのは許せん! 前向きなロゼマ、パワフルなロゼマしか認めん!
そういう方はそっ閉じで。
原作のみならずシリーズ内でも矛盾や齟齬がありますが、ふんわりループなので。
理由は不明だけど何度も時を繰り返しているわたし。今回はユレーヴェ後スタートなので色々と手遅れ感が満載な気がしないでもない。
特に大きな問題もなく一年生を終え、寮の二階、ジルヴェスターの部屋に連行された。
これ、おかしいよね。いつも思うんだけど。ヴィルフリートを連行して叱りつけろ!
「領地対抗戦やこの卒業式で、流行を広げ、優秀を得た聖女と噂されるローゼマインのお相手について、すでに数件問い合わせが来た。今の打診はまだ下位領地のものなので簡単に退けられるが、上位領地からの申し込みがある前に、早急にローゼマインの婚約を整える必要がある」
問い合わせなんだから魔力感知が発現してから色合わせを経て、と返答すれば問題ないのにね。
それなのにすぐに決めなきゃってことは、またヴィルフリートがやらかしたんだろう。
まずはしっかり突っ込んでヴィルフリートのやらかしだと認識させ、領内のパワーバランスをあまりにも軽く見ている首脳陣()を丸め込まなくては。
「ただの問い合わせでしょう? 一年生が終わったばかりですし、わたくしはユレーヴェで二年治療してましたから、魔力感知が発現してから色合わせをとお伝えすればいいではありませんか。それとも、わたくしの魔力量が多いから白の婚姻でという申し込みだったのですか?」
ウロウロと視線を彷徨わせるジルヴェスター。これはヴィルフリートのやらかしで確定だ。
「いや、その、な。ヴィルフリートが春には決まると匂わせたので、それに便乗して領主会議で発表すると答えたのだ」
「妥当な答えだな。ローゼマインを余所に出すわけにはいかぬ」
「フェルディナンド様、全く妥当ではありません。ヴィルフリート様が勝手な発言をしたせいで、魔力感知も発現してないのに婚約しなければならないというおかしな事態なっているのです。わたくしの婚約を決める前にすることがあるでしょう」
なんだ? と不思議そうな顔をする首脳陣()。
ヴィルフリートに極甘なジルヴェスターとフロレンツィア、ジルヴェスターに極甘なフェルディナンド。
いつものことながら、全く理解していないのが理解できない。
「まず、ヴィルフリート様が何故そんな発言をしたのかをちゃんと調べるのが先です。アウブと擦り合わせた上での発言ではないのでしょう? 越権行為が過ぎます。側近が旧ヴェローニカ派ばかりですから、そちらの影響もあるでしょうし……」
旧ヴェローニカ派、でフェルディナンドの眉がピクリと動いた。ユストクスが趣味に勤しんでるから、色々と情報は上がってるはずだ。
「それに、わたくしの婚約となればライゼガング系を無視することは出来ません。おじい様とエルヴィーラの意見も必要でしょう。今ここで急いで勝手に決めて、アウブとフロレンツィア様は反発するライゼガング系を抑えきれるのですか?」
「其方が望んでの婚約だと言えば良いではないか」
何も考えないのが通常運転のジルヴェスター。自分は何一つ我慢したくないのに、わたしに我慢させれば万事解決という姿勢は許せない。
それに経験から知ってるけど、見た目が幼すぎるわたしが何を言っても「ジルヴェスターに言わされている」と決めつけられて終わりだ。というか、それだけで終わらずにガブリエーレ系領主一族とフロレンツィアへの反感と反発が増大する。
フェルディナンドがゴリ押ししてヴィルフリートと婚約させられて、成人までにヴィルフリートが暗殺されたのは何回あったかな。
暗殺をなんとか回避して成人してアウブを継いで、わたしとはバレバレの白の婚姻なのに旧ヴェローニカ派の第二第三夫人を取ったせいで反乱起こされたのとやっぱり暗殺されたのも結構あったし。
後始末が大変すぎるから、ヴィルフリートとの婚約は拒否一択だ。わたしが拒否してもゴリ押ししてくるフェルディナンドも面倒くさい。
そんなにジルヴェスターが大事でヴィルフリートを次期アウブにしたいなら、フェルディナンドがヴィルフリートと婚約すればいいんだよ! わたしとだって白の婚姻なんだから、魔術具で見た目だけ女体化しちゃえばいい。子供を作れないと言う意味では同性と同じなんだから。
「ローゼマイン……ヴィルフリートを支えてやってはくれませんか?」
フロレンツィアの子を想う儚げ母アピールにジルヴェスターは脂下がってるけど、わたしをヴィルフリートにあてがえば、煩いライゼガング系をわたしとリンクベルク家に丸投げして押し付けられると考えてるのは知ってるんだよ。
よって、答えは決まってる。
「残念ですが、フロレンツィア様。わたくしではヴィルフリート様を支えられません」
アウブ命令で仕事のために帰領した人間に「お前が遊びに帰るから大変だったんだ!」と怒鳴りつける上、他人の側近を我が物顔で勝手に使う領主候補生、それがヴィルフリートだ。
それが正しい次期アウブだと褒めそやすのはヴィルフリートに付いてる旧ヴェローニカ派の側近だけで、他の子供達は白眼視してるし目をつけられないようにしている。
貴族院も終わったのだ。春を寿ぐ宴までにはヴィルフリートの教育不足と傍若無人な傲慢さを大人達も知るところになるだろう。
支え甲斐がないというか、支えれば支えるほど無能を晒して、そのくせ偉そうに命令して、最終的には無能な働き者になる。ジルヴェスターよりダメダメなのがヴィルフリートだ。
ジルヴェスターとフロレンツィアでライゼガング系を抑えられるなら勝手に決めればいいと重ねて言うと、案の定、フェルディナンドに泣きついた。
「……春を寿ぐ宴と領主会議まではまだ時間がある。ボニファティウス様を無視して決めるのも確かにまずかろう」
この時点ではフェルディナンドも手札を揃えられてないのは知ってるよ。勝てる勝負しかしない主義だから、安請け合いは出来ないよね。
取り敢えず、ここでは保留になればいい。アウブ執務室の密室相談で決めようとしたら、即座にボニファティウスにオルドナンツを飛ばせば解決だ。
わたしがヴィルフリートの婚約を勝手に仄めかしたらほっぺが取れるほど抓りあげて突き倒して怒鳴りまくるくせに、ヴィルフリートはお咎めなしなんて許さないもん。
帰領したらボニファティウスの屋敷でエルヴィーラも誘ってお茶会しよう。リークしないとね。
考えが足りなさ過ぎる連中は叱られまくればいいのだ。
――ああ、アレキサンドリアだ。
アレキサンドリアの夢を見て起きた。幸せな夢だ。
季節に何度かは下町に行って家族と会って。図書館と研究所がたくさんあって。生活を豊かに便利にする物もたくさん作って。
貴族も青色も身食いも、魔力持ちみんなで奉納しておいしい食べ物がいっぱい取れて。ディーノと星結びしてからは下町でお忍びデートもしたな。
孫が生まれるくらい長生きできて、エアヴェルミーンとメスティオノーラの希望通りにメスティオノーラの書を持つツェントが立つようになった。
なのになんで繰り返してるんだろう。何も言ってこないし、本当に訳がわからない。
ま、何をやっても頑張っても、神々的にちょっと気に入らない何かがあればやり直しなんだろう。気が済むまでやればいい。わたしには関係ない。
そんなことより、今日はボニファティウスとエルヴィーラとのお茶会だ。帰領してもう五日目だけど、ジルヴェスターがボニファティウスと話し合うのを嫌がって逃げてるおかげでわたしの婚約者をどうしよう会議は延び延びである。余裕を持ってリークできるのはいいことだ。
「姫様、お目覚めでございますか?」
はぁ。筆頭側仕えがリヒャルダなのも何とかしないとなぁ。
ハルトムートを叩き直してフェルディナンドとユストクスに師事させて、徹底的に、丸裸にする勢いで調べさせた時に、分かっちゃったんだよね。
ゴリゴリでガチガチのガブリエーレ派だった。ヴェローニカ派じゃないけど、アーレンスバッハ系領主一族至上主義だったんだよ。
そんな人が側仕えなんて寛げない。実際、寝首掻かれたこともあるし。ボニファティウスを丸め込んでジルヴェスターに返品しよう。
「おはよう」
「今日はボニファティウス様とエルヴィーラ様とお茶会でございますよ。さぁさぁ、早くお支度なさいませんと」
「朝食は軽くでいいわ」
「なりません! そのように僅かしかお召し上がりにならないから丈夫になれないのですよ! たくさん召し上がってたくさん運動なさいませ!」
「お茶会で毒味が出来なくなるでしょう。指示に従えないのなら下がりなさい。リーゼレータ、朝食は軽くでお願いね」
「かしこまりました」
「姫様! 我儘はなりません!!」
健康優良児の暴れん坊達と一緒にしないでほしいよ、ホント。リヒャルダ基準で食べたら吐くし。運動したら三日は寝込むし。
体調管理も出来ないくせに、我儘言ってるのはどっちだろうね? 教育係として付けられたって言うけど、怒鳴りつけることが教育だと思ってるのかな? 貴族常識も淑女教育もいつもいつも放棄されっぱなしだし、いる意味ないよね。返品返品〜♪
というわけで、三の鐘でお茶会開始。相談が長引くかもしれないと連絡したら、ならば昼食も共に! その後も一緒にお茶を! とボニファティウスが大張り切りなので、お言葉に甘えて一日一緒に過ごすことにした。
「お招きありがとう存じます。おじい様」
「いつでもおじい様を頼りなさい。どのような敵も全ておじい様が薙ぎ払ってやるからな!」
孫娘に頼られてウキウキのボニファティウス。先に来ていたエルヴィーラはそこはかとなく浮かない顔。カルステッドから何か聞かされてるんだろう。
ちなみに持参したメインのお茶請けはちょっと手抜きだ。蕎麦粉のブーフレット生地と小麦粉のクレープ生地をたくさん用意した。炙り焼きにして削ぎ切りにしたお肉各種、チーズ色々、ちぎった葉野菜、サイコロカットのポメ、千切りにした根菜を好みで盛り付け、ツィーネの絞り汁やオイルソースをかける。タコスもどき? ガレットもどき? にした。これはボニファティウス対策。たくさん食べるからね。エルヴィーラ対策はお茶の葉入りクッキーとカトルカール、要するにフェルディナンドの好物だ。
まずはそれぞれが毒味、それからもぐもぐしながら軽い話題。特にタコスもどきについて。
「これは良いな。甘いものばかりでは食傷するし、好みで盛り付けられるというのも良い。ローゼマイン、レシピを売らぬか?」
「もちろん、お売りしますわ。騎士の方の軽食にも良いと思います」
「そうね。以前はこちらのクレープ生地というものに果物やクリームを添えてあったと思うのだけど、違うレシピなのかしら?」
「クレープのレシピを知っている料理人なら、アレンジで作れると思いますよ」
ブーフレットは平民が屋台で売ってるけどね! お貴族様は知らないもんね! 毎度あり!
エルヴィーラには働いてもらうつもりなので、レシピの情報をサービスだ。
ヴェローニカ退場後も、エルヴィーラがフロレンツィアを庇護し続けてるってのが謎なんだよ。
アウブの第一夫人が派閥のお客様のままっておかしいし良くない。もう三年以上経ってるんだし、フロレンツィアもいい加減、実権を持てばいいのに。夫婦揃ってお飾りでいるのが楽なんだろうけどね。だから反乱起こされるんだけど。
さて、そろそろ本題へ。
「エルヴィーラはお聞き及びかもしれませんが……」
洗い浚いぶっちゃけた。ボニファティウス、吠える吠える。
デスヨネー。廃嫡騒ぎを二回も起こして、更に領地対抗戦で失言。それに乗っかったジルヴェスターが失態を有耶無耶にして、後始末のためにわたしがいきなり誰かと婚約させられる。
洗礼式の血まみれ失神退場も含めれば、ヴィルフリートの不始末をわたしに押し付けるのはこれで四度目になる。白の塔侵入事件救済は世間知らずだったわたしのやらかしでもあるけど。
青色巫女時代にも襲撃だの誘拐未遂だのあったし、ユレーヴェ古漬けの原因になった襲撃もあったし、ヴェローニカとゲオルギーネも併せると、あの家族からの被害は数えるのも嫌になるよね。
ガブリエーレ系列の不始末をライゼガングの姫に押し付けて無かったことに、なんてこれ以上は無理無理。
そりゃあ切れるよ、ライゼガング系も。今はヴィルフリートの次期アウブが白紙になったから我慢してるけど、わたしと婚約して次期アウブに返り咲きなんてことになったら荒れるに決まってる。
そんでもって、養子縁組までして取り込んだ最優秀を取る領主候補生を差し置いて、優秀者でしかない実子を次期アウブに指名するんだから要らない子なんだろうって話になって、王族とかクラッセンブルクとかダンケルフェルガーとかドレヴァンヒェルが出てくるんだよ。
嫁盗りディッターだー! ってダンケルフェルガーが大騒ぎしてエーレンフェストが滅んだのは何回あったっけ。
おっと、思考が逸れちゃった。
「アウブご夫妻はこの後に及んで尚、ヴィルフリート様を次期アウブにとお考えですし、フェルディナンド様もアウブのご希望を叶えるためなら領地の事を考慮なさいません。恐らく、アウブのためだけにヴィルフリート様と婚約させようとなさるでしょう。フロレンツィア様も『ヴィルフリートを支えてやってはくれませんか』と仰ってましたし」
ぐるぐる唸ってるボニファティウスと、ガツンと沈んでしまったエルヴィーラをそのままに、ふぅ、とこれみよがしに溜め息を吐いてみせる。
「わたくしの洗礼式を台無しにして、謝罪の一言すらないヴィルフリート様ですもの。支えられるとは思えませんし、支えたいとも思いません」
「そのような無礼なうつけ者を支えられぬのは当然ではないか! ジルヴェスターとフロレンツィアからの謝罪はあったのだろうな!?」
「ございませんよ? ですからわたくし、本当に呆れてしまって……」
「儂の! 孫を! 姫を!! どれだけ蔑ろにすれば気が済むのだ! ジルヴェスタァァ!! フロレンツィアァァァ!!」
ふ。勝った。
領主一族でまともな後ろ盾があるのがわたしだけの現状、荒ぶるゴルツェ、じゃなくてボニファティウスを完全に味方にしてしまえばエーレンフェスト内では無敵なのだ。何回もやり直してるから知ってるし、大領地を立て直したこともあるし、ちょろいちょろい。
エルヴィーラは真っ青ですねー。カルステッド経由でヴィルフリートと婚約させる予定だとか聞かされてるんだろうね。こっちは釘刺しとこっと。
「エルヴィーラ」
「何かしら、ローゼマイン」
「もし、万が一、わたくしとヴィルフリート様が婚約することになったら、フロレンツィア派はわたくしが引き継ぐことになります。わたくしのために、励んで下さいね?」
にっこり笑ってあげたら、見事に引き攣った。どういうわけか、エーレンフェストではこの点に誰も気付かないのだ。ものすごく簡単で当たり前のことなのにね。
アレキサンドリアに辿り着いた過去では素敵で最高の淑女だと思ってたけど、大領地とどっぷり関わると、実はそうでもないという事に気付いてしまったのだ。
対ヴェローニカという点では最高だったんだろうけど、その後がね。ちょっとね。どうかと思う。
「ボニファティウス様、恐れ入りますが――」
「うむ。ローゼマインのための根回しも必要であろう。中座を許す」
これでリンクベルク家は主家のボニファティウスとアウブ夫妻との板挟みになって、暫くは動けない。
フェルディナンドはユストクスを使って情報操作しようとするだろうけど、どうやったって貴族院でのヴィルフリートの醜態は覆せないし、あまりにもジルヴェスターの肩を持つようなら、ユストクスはバレない程度に手抜きする。これも経験済みだ。
すっかりヤル気が滾っているボニファティウスと程々に楽しくお昼を食べて、午後のまったりお茶タイム。
筆頭側仕えのお仕事って何ですか? と無邪気に聞いて答えてもらって、リヒャルダは何もしてくれませんがどうしてでしょう、アウブの指示でしょうか、それともフロレンツィア様の指示でしょうかと燃料投下。
解任して隠居させると鼻息が荒くなったので、リヒャルダが付いた領主候補生が次期アウブと目されるようだからヴィルフリートに付けては? と囁いて。
「それではヴィルフリートが次期アウブと目されるのだろう? 儂は許さぬ」
「アウブを『立派に』育てたリヒャルダですもの。ヴィルフリート様も『とっても立派に』育ててくれるでしょう。うふふん」
「――ふ、がっはっは! なるほどな! 良かろう、おじい様に任せなさい」
「はい。頼りにしております、おじい様」
ふぅ。可愛い孫娘もちょっと疲れるね。見た目はちみっ子だけど、中身は前ライゼガング伯爵よりずっと歳上なんですよー。時々、自分の言動が痛い。
あっちではなんて言ったっけ? ロリババア、だったような? 我ながらぴったり。ボニファティウスすら可愛く見える時があるもん。
後はフェルディナンドだね。ジルヴェスターが、ジルヴェスターの希望が、ジルヴェスターがジルヴェスターがって足掻くんだろうな。いつも通りに。
はぁ。なんでひとりで繰り返してるんだろう。ディーノに会いたいよ……
困りました。
カルステッド様が突然連れてきたローゼマイン。調べましたので平民の身食いであることは知っていますが、小聖杯を満たして故郷ハルデンツェルを始めとしたライゼガング系のギーベ領を救った恩人でもあるのです。
女性が歓喜する流行の品々、領地を富ませるいくつもの発明品や事業、教育に役立つ聖典絵本と知育玩具。
そして何より、ローゼマインのおかげでエーレンフェストを蝕むカーオサイファを退けることが出来たのです。
カルステッド様とわたくしの娘として洗礼式を上げたため、ライゼガングの一の姫となり、アウブとの養子縁組でライゼガング系は沸き立ちました。
これまでの実績だけでも、次期アウブに相応しいと言えるでしょう。これからも功績を積み上げ、ローゼマインをアウブにという声が大きくなり続けることは容易に想像できます。
ですが……ですが、領主一族どころか、貴族の血を引いていない娘なのです。アウブにするわけにはまいりません。
アウブはフェルディナンド様との婚約を最初に提案されたそうですが、フェルディナンド様ご本人に却下されたとか。
当然ですね。それではフェルディナンド様かローゼマインをアウブにという声を抑えきれなくなります。
アウブとフロレンツィア様のヴィルフリート様を次期アウブにとのご希望もあり、今日のお茶会ではボニファティウス様にその方向でお願いする予定だったのですが。
コルネリウスから聞いてはおりましたが、貴族院でのヴィルフリート様のお振る舞いはあまりにも酷すぎます。
そしてそれはボニファティウス様の知るところとなってしまいました。
これではライゼガング系はおろか、キルンベルガを始めとする中立派の有力ギーベ達からアウブご一家が支持を得ることは難しいでしょう。
わたくしはリンクベルク家、騎士団長の第一夫人です。エーレンフェストを割るような事はなんとしても避けねばなりません。
どうにかしてローゼマインを説き伏せ、飲み込ませなくては……
そう考えておりましたが、甘すぎる考えだったと思い知らされることになったのでございます。
いい加減、話し合いをしないと春を寿ぐ宴に間に合わないよ? すでに根回しする時間はなくなってるよ?
そんなタイミングで開かれた、ローゼマインの婚約者をどうしよう会議。
リヒャルダはボニファティウスの熱い説得によりヴィルフリートの側近に異動済みで、筆頭側仕えに「元」が付いてしまったオズヴァルドと、容赦なく追いかけ回されて椅子に縛り付けられているヴィルフリートから、わたしは物凄く恨みがましい目で睨まれている。
次期アウブの再指名が欲しいんじゃないの? リヒャルダが付けば一歩リードだよ、おめでとう!
そんな気持ちを込めてにっこり笑い返してあげた。
ちなみにジルヴェスターは密室会議で強引に決めたがり、フェルディナンドがその望みを叶えるべく奮闘したらしいが全て無駄に終わった。
フェルディナンドは確かに優秀で有能だし、ユストクスも同様だけど、如何せん、数が少なすぎるのだ。
ライゼガング系はアレで意外にも優秀な人材が埋もれてるし、キルンベルガを中心とした中立派という名のボニファティウス派は、過去に武断の次期アウブをお支えするのだー! と盛り上がった結果、大量に文官を育てたらしい。
今でも騎士家系と側仕え家系でも次男次女以下は文官にする家が結構あるようだ。首脳陣()は数の暴力に負けたのである。ぎゃふん。
「あー、では、領主一族会議を始める。まず、ボニファティウス。子供達を全て集める必要はないだろう? シャルロッテは貴族院入学前だし、メルヒオールは洗礼式前だぞ?」
「何を言っている、ジルヴェスター。ローゼマインがアウブになるか、ローゼマインの後援を得た者がアウブになるか、これはそういう会議だ。次期アウブが指名されていない現状では、其方の子供らの将来に関わることだ。同席させねば遺恨が残ろう」
「待て待て待て! ローゼマインの婚約者をどうするかという会議だ! ローゼマインがアウブなど、そんな話ではない!」
「ならばジルヴェスター、何故、これほど早い時期にローゼマインの婚約者を決めねばならんのか、それを説明せよ。隠し立ては許さぬ」
ギヌロ、と音がしそうな強さでボニファティウスに睨まれて、ジルヴェスターが仰け反った。フェルディナンドは無表情に見えるけど、忌々しそうだ。
ジルヴェスターはヴィルフリートを次期アウブにしたい、フェルディナンドはその望みを叶えたい、だからわたしとヴィルフリートを婚約させる。その予定だったもんね。
残念でした。お断りです。全力でお断りです。
「その説明は必要か? 別に要らぬだろう? ローゼマインをエーレンフェストに留めるために婚約を整える必要があるだけで……」
ジルヴェスターとフロレンツィアはヴィルフリートの失態を覆い隠そうと必死なんだろうけど、既に手遅れだ。領地中の貴族が知っている。
自分の目から隠せばそれでいいという、領地の将来など何も考えてないこの無責任さと無能さ。ヴェローニカが玩具にした領地を今はジルヴェスターとフロレンツィアが玩具にしていて、そして二人の希望が叶えばヴィルフリートの玩具になる。
「必要に決まっとろうが! 其方がアウブの職責を放棄して言わぬというなら儂が言ってやる」
ポク、ポク、ポク、チーン。
どうあっても言いたくないジルヴェスターが無言を貫いたため、ボニファティウス大暴れです。ぶっちゃけまくってくれてありがとう。
シャルロッテの笑みが深くなっていき、その後ろに控える側近達は威圧寸前。メルヒオールはまだ良くわかってないけど、後ろの側近達はやはり怒り狂っている。
元々ヴィルフリートの対抗馬として育てられてたシャルロッテは当然として、メルヒオールだって次期アウブを目指せるのが現状。ヴィルフリートが次期アウブから降ろされて喜んでただろうに、失態を重ねたからわたしと婚約できて次期アウブに再指名だなんて、ふざけんな! だよね。
これで「兄弟で争って欲しくないのだ。だからヴィルフリートを次期アウブにしたい」とか、ジルヴェスターは何を考えているのか。遺恨も禍根も生じまくりで、ヴィルフリートを支えたいと考える弟妹は綺麗サッパリ消えますよ。
むしろ、どうやって馬鹿兄を引きずり降ろそうとか消そうとか、そういう弟妹に大変身です。
「お言葉ですが、大伯父上」
うわお。相変わらず無駄な方向に打たれ強いね、ヴィルフリートは。空気はまったく読めないのに。
「私は両親から次期アウブにと望まれています。側近からの進言もあり、次期アウブ指名を確実にするためにローゼマインとの婚約を仄めかしました。それの何が悪いのですか」
「全てだ。全てが悪い。そも、其方を次期アウブにと望んでいるのはジルヴェスターとフロレンツィアだけで、ライゼガング系と中立派は其方を一切認めておらぬ。そして冬の子供部屋と貴族院で旧ヴェローニカ派の子供達を虐げた事から、彼らも其方から距離を取った。其方を支持する派閥はないのだ。それで次期アウブの指名を受けられるとでも思っているのか」
「だからローゼマインと婚約するのではありませんか! そうすればライゼガング系は私を支持します!」
「この大戯けが! ライゼガング系が支持するのはあくまでもローゼマインだ! 其方の失態と瑕疵を補うために婚約させられて支持するわけがなかろう!!」
「言いすぎだ、ボニファティウス! ヴィルフリートはまだ幼いのだぞ!?」
「子供だろうが幼かろうが次期アウブに据えたいというのなら事実と現実を叩き込め!」
全く、どうしようもないゲロ甘ちゃんだよね。ジルヴェスターは。
ヴィルフリートが幼いから子供だからと教えて当然のことも教えず、それによって生じる不都合不条理理不尽を更に幼いシャルロッテとメルヒオールに押し付ける。わたしだって対外的にはヴィルフリートと同い年だけど、ユレーヴェ治療があったからシャルロッテより年下である。親子揃って現実を見ろ。
ヴェローニカの傀儡教育の成果だねぇ。見たいものしか見ないというか見れないと言うか。だから考えることもできない。エーレンフェストで最も不出来で後ろ盾もないヴィルフリートなのに、次期アウブに指名すれば兄弟で争わず仲良くできるのだ! とか、どんだけエアヘッドなの。
ボニファティウスは猛烈に元気だけど、実はいつご臨終しても不思議じゃない年齢。にも関わらず、未だに中継ぎアウブはボニファティウスのまま。
ヴェローニカ退場の時点でフェルディナンドを即座に還俗させて中継ぎアウブに指名、ボニファティウスから中継ぎ教育を受けさせないとヤバイというのに、それすらもしていない。
無能すぎて乾いた笑いしか出ないよ。そしてその無能の感情的自己満足を満たすことしか考えないフェルディナンドとカルステッドにもうんざりだ。魔王覚醒したディーノは頼りがいあったのになぁ。しょんぼりへにょんだよ。
ジルヴェスターとヴィルフリートの身勝手極まりない主張をボニファティウスが怒鳴り散らして潰しまくり、短期休戦となった隙きにぶっ込ませていただく。
「仮にわたくしとヴィルフリート様が婚約して星結びをしたとして、子供はどうするのです? どう考えても魔力量が釣り合いませんよ? わたくしと釣り合うまで魔力圧縮に励んでくださるのですか?」
「む? ヴィルフリートも成長期なのだ。これから魔力量も増える。いずれ釣り合うだろう? 私の息子であるのだし」
「そうですね。『今の』わたくしの魔力量に追いつく可能性はあるでしょう。ですが、わたくしも成長します。今でもアウブより多いのに、これから増え続けていくのです。そのわたくしと釣り合うのかと問うているのです。その努力ができるのかと問うているのです」
シーンと静まり返る室内。
魔力量が多いことは知られているが、具体的にどの程度なのかは実は濁されてきた。というか、この時点でも多分、フェルディナンドしか把握していなかったはず。ループのせいで、随分前からフェルディナンドより多くなってるけど。今はジルヴェスターより多いことだけ指摘すればいいだろう。
しばらく静寂が続き、んんっ、と咳払いしたジルヴェスターが無駄な足掻きを始めるらしい。
「あー、しかしだな。ライゼガング系を取り込むためにも、ヴィルフリートとローゼマインの婚約は最善だと考えている。政略結婚であるのだし、白の婚姻で問題あるまい。ローゼマインを第一夫人として尊重しつつ、ヴィルフリートは第二第三夫人を娶って跡継ぎはそちらに産ませればよい。虚弱ゆえ子を産めぬと周知すれば……」
「ふざけるな、ジルヴェスター!!」
「おじい様、落ち着いてくださいませ。怒鳴ってばかりでは何も解決しません。どうやらアウブはご自身が我儘と恋愛の末に結ばれたため、政略結婚について何もご存じないご様子。わたくしからご説明申し上げましょう」
わたし、今回はもう駄目だと判断しました。
首脳陣()だけの密室会談ならともかく、側近もいる領主一族会議で「ヴィルフリートはローゼマインと魔力量が釣り合ってなくて子供作れないけど、一番悪いのは虚弱で子供産めないローゼマインだから!」なんてライゼガング系を敵に回す発言をしちゃだめでしょ。
これはもう、ライゼガング系の反乱秒読み。エーレンフェスト終了のお知らせ。
「子を生すまでが政略結婚なのですよ? それを白の婚姻で問題ないなどと、アウブの見識を疑います」
「だからそれは、其方の虚弱ゆえとしてだな」
「わたくしが虚弱だろうが健康だろうが、ヴィルフリート様と魔力量が釣り合わないことは数年で誰の目にも明らかになります。ライゼガング系を取り込みたいと言いながら、わたくしをお飾りにもなれない第一夫人にするおつもりですか? ヴィルフリート様の不足をわたくしの瑕疵にすり替えてまで? それで納得、満足するのはアウブとヴィルフリート様だけです。あ、フロレンツィア様も満足なさいますね」
「……」
「そして第二夫人か第三夫人が産んだ子供をヴィルフリート様の次のアウブにすると? そうなればわたくしは第一夫人ではいられないでしょうね。最初に男児を産んだ夫人が第一夫人となり、次に産んだ夫人が第二夫人となり、わたくしは第三夫人に落とされ、誰にも顧みられず魔力を搾り取られ、流行や事業を奪われ続ける存在になるでしょう。それとも、産まれた男児をわたくしの子として洗礼式を上げさせますか?」
「……」
「いずれにせよ、わたくしのそのような婚姻、立場ではライゼガング系を取り込むことなどできません。わたくしの血を引く子供がいないのに、ライゼガング系がヴィルフリート様を支持することなどありえません。それが政略結婚というものですよ」
シャルロッテ陣営は本人を含めて深く頷いている。メルヒオール陣営は本人はよくわかってない顔だけど、後ろの人たちはやっぱり深く頷いている。
ヴェローニカとジルヴェスター、フロレンツィアから遠いほどまともという、残念極まりない現実が浮き彫りになった。
ちなみにジルヴェスター夫妻陣営とヴィルフリート陣営は大変不機嫌である。そして爆発するヴィルフリート。
「不敬だぞ、ローゼマイン!!」
「誰が誰に対して不敬だと言うのです?」
「父上と母上、そして私に対してだ!」
「まあ、既に次期アウブのおつもりですか? わたくしとの婚姻がなければ次期アウブになれないのでしょう? 不敬なのは貴方ですよ、ヴィルフリート様。そんなに次期アウブの指名が欲しければ、跪いてわたくしに乞うてはいかがです?」
「次期アウブの第一夫人だぞ! 乞うのは其方だ!」
「ご冗談を。現在、次期アウブ・エーレンフェストに最も望まれているのはわたくしです。ライゼガング系はもちろんのこと、中立派が支持するのもわたくしです。ヴィルフリート様を支持するのはどなたでしょうね?」
「父上と母上だ! 同母のシャルロッテとメルヒオールも私を支持するはずだ!!」
「そのアウブgo夫妻を支持する派閥は?」
「旧ヴェローニカ派とフロレンツィア派だ!」
「お話になりませんね。シャルロッテ、ヴィルフリート様はこう言っていますが、貴女は兄を支持しますか?」
「わたくしはお姉様を支持します」
「なっ……! シャルロッテ、何を言う!? 其方は私の妹ではないか! 私を支持するのが当然だろう!!」
「お姉様の妹でもありますわ。わたくしも次期アウブとして育てられましたが、お姉様ならば心から応援できます」
うん。グダグダ。メルヒオールも巻き込まれて大惨事。犯人はわたしだけど。
ジルヴェスターとフロレンツィアが意思疎通も確認もなくそれぞれの思惑で動いてたから、本当にどうしようもないね。
特にシャルロッテはヴィルフリートの対抗馬というか、引きずり下ろして廃嫡に追い込むために次期アウブとして厳しく育てられてたのに、突然手のひらを返されて絶賛放置中。メルヒオールも両親から全く相手にされず、シャルロッテだけが子供部屋に通って相手をしている。わたしも遊びに行きたいけど、養子だから行けないし。残念。
これで「ヴィルフリートを次期アウブに指名すれば兄弟争わず皆仲良し!」とか、おバカにも程があるだろう。シャルロッテは完全にゲオルギーネの立ち位置だし、メルヒオールもそんなに変わらない。
おバカでもこれといって瑕疵のなかったジルヴェスターが次期アウブに指名されて、ゲオルギーネと兄弟骨肉の争いになったのだ。廃嫡が妥当な瑕疵持ちヴィルフリートを無理矢理わたしと婚約させて次期アウブ再指名なんて、同母弟妹だからこそ納得できないし応援なんてできないだろう。
第一夫人が産んだ子供は次期アウブを争うものなのだ。どんな形であれ、ね。
今までスルーしてきたが、フェルディナンドは非常に渋い顔である。他の人には分からないだろうけど。
わたしの婚約者はジルヴェスターのためにヴィルフリート押しだもんね。
ユストクスを使って頑張ったようだが、ボニファティウス派の大量にいる文官達に敗北したせいで、会議中、これといった発言はなかった。何を言っても藪蛇になるからだろう。ここでジルヴェスターとヴィルフリートの肩を持つと自分は無能だと宣言するようなものだ。プライドがチョモランマより高いフェルディナンドには絶対無理。
そんなこんなでヴィルフリートが喚き散らし、肩で息をするようになって強引に一息入れることになった。
「どうぞ、ローゼマイン様」
フロレンツィアの後ろにいるレーベレヒトがオティーリエに小さく合図を送り、お茶が淹れ替えられる。
わたしの前に出す直前、隠した小瓶から数滴、液体が落とされた。
今回はオティーリエかぁ。毒物混入回数ナンバーワンはリヒャルダだけど、オティーリエも意外と多い。担ぐ神輿は軽いほうがいいって言うけど、エーレンフェストは本当に無能アウブが好きだよね。
既に死ぬことに何の感慨もないわたしは、気付かないふりをして半分ほど飲み干した。この先のエーレンフェストに付き合ってもいいことなんて何もないし。
毒と言っても強めの痺れ薬で、普通程度に健康なら数日で回復するんだけど。そこはクィーン・オブ・虚弱なわたし。すぐに指先が痺れ始め、冷たくなっていく。
カップを取り落した。
ガチャン、と大きな音が鳴る。
「ローゼマイン!?」
視界もどんどん暗くなっていく。
ぐらりと体が傾いで椅子から落ちる。
「ローゼマイン、ローゼマイン! 何だ!? 何事だ!?」
慌てふためくボニファティウスの声。
わたしを抱えて解毒しようとしてるのは……フェルディナンドか。ディーノの腕の中なら最高なのにな。でも、彼ならそんなに悪くない。
最悪のユルゲンシュミットで、最低のエーレンフェストで、みんな、足掻けばいい。わたしはお付き合いしないので。
――バイバイ。さようなら。すぐにまた会うけどね。
ローゼマイン――マインが死んだだけでは、女神たちは織地を解かない。
フェルディナンド――クインタが残っているから。
ジェルヴァージオ――テルツァがメスティオノーラの書を取得するから。
『今度はどんな織地になるかしら』
『エアヴェルミーン様が健やかであれば良いわ』
『虹色の糸に期待しましょう』
そうして、しばし歴史は織られ続ける。
領主一族会議の席でローゼマインは倒れ、そのまま高みに上がった。
フェルディナンドはローゼマインに供されたお茶をひと舐めして、覚えのある毒に舌打ちした。己が貴族院に通っていた頃、ヴェローニカとその意を汲む者達によく盛られていた物だった。
事前に中和剤を飲んでいても、健康な少年が丸一日は軽い痺れと不快感に苛まれる毒。それを虚弱極まりないローゼマインが飲まされた。
即座に解毒を試みるも、あっという間に毒が回り、ローゼマインは解毒剤を嚥下することができなかった。色を失った唇を抉じ開け、口内に解毒剤を塗るだけでは到底間に合わない。
最後の頼みの綱となるユレーヴェも、貴族院入学前に使い切っていて手の打ちようもなく。
悲鳴と怒号、混乱の中。
潔いほど呆気なく、ローゼマインは事切れた。
フロレンツィアの意を汲んだレーベレヒトがオティーリエに指示し、ボニファティウスの後援を受けて領内貴族の大半から支持を集めるローゼマインを「軽く窘め」て「分を弁えさせるため」に、ごく軽い痺れ薬を数滴含ませただけだと、殺害の意図など無かったと、取り調べで二人は語った。
痺れ薬を提供した協力者はリヒャルダ。ガブリエーレから教えられた薬物、毒物の作成と扱いに人知れず習熟していた。フロレンツィアとレーベレヒト、オティーリエには、虚弱な娘でも大した影響は出ないと偽って渡したという。実際にはかなり強い薬――毒と言って差し支えないものだったが。
ローゼマインを害した者達は、誰も彼もが悪びれることがなかった。領主候補生を害せば死罪であるにも関わらず、必要な教育だったと主張して恥じることがない。
フェルディナンドに対してもそうだったではないか、と。フレーベルタークから嫁いできたフロレンツィアに対してもそうだっただろう、と。
そして、エーレンフェストから不和の種を早期に取り除けたのだから問題あるまい、と。
最愛の姫孫を目の前で喪ったボニファティウスは失意のあまり一気に老け込み、完全に隠居した。
アーデルベルトがアダルジーザの実であるフェルディナンドを引き取ることに反対し、その後もヴェローニカに害されていると気付いていながら放置した。フロレンツィアも、夫であるジルヴェスターがヴェローニカから守れば良いと放置した。
ボニファティウスのその態度が、巡り巡ってローゼマインを害することをも許容してしまった。
フェルディナンドは神殿に引き篭もるようになった。
エーレンフェストに仇為すならば自らの手で処分するつもりだったというのに、腕の中で息絶えたローゼマインが彼を苛んだ。
何か、他に何かできたのではないか。ジルヴェスターはヴィルフリートを後継にすることを望んでいたが、シャルロッテでもメルヒオールでも良かったのだ。フェルディナンド自身、ヴィルフリートがアウブになっても支える気など欠片もなかったのだから。
ボニファティウスとフェルディナンドが表に出ることがなくなり、フロレンツィアとレーベレヒト、オティーリエ、リヒャルダは最終的に罪に問われることはなかった。
ライゼガング系は反感を募らせ反発したが、担ぐ神輿は喪われてしまった。旧ヴェローニカ派が勢いを盛り返し、旧弊は取り除かれることなく不正が再び横行する。
エーレンフェストはローゼマインを喪って礎に供給する魔力も、小聖杯に籠める魔力も不足するようになった。収穫量が下がり続け、それに焦ったアウブ夫妻はせめて外貨を得ようとプランタン商会とギルベルタ商会、神殿の孤児院工房を酷使した。
事業内容を知らず、産業を育てたこともないアウブ夫妻と文官達は、思うような結果が出せないと言って職人を簡単に処分する。知識と技術を持つ人材を使い潰し、処分し、何も知らぬ平民を集めて成果を求め、得られるはずもない利益が得られぬとまた処分する。
貴族院と領主会議ではローゼマインが遺したレシピを見せびらかして他領に売りはしたものの、すぐに底をついた。それでも他領から新たなレシピを求められるため、イタリアンレストランからアレンジレシピを奪い取った。
対価も得られず酷使され、奪われ、使い潰されるベンノとフリーダは、店を閉じてひっそりとエーレンフェストを出た。マインの家族を連れて。
残ってもどうせ殺される、旅商人になったほうがマシだとグスタフに言い残して。
ローゼマインがいなくなっても、野心持つ者達の行動は変わらない。
進退窮まりつつあったジルヴェスターが領地対抗戦と領主会議にフェルディナンドを参加させたため、ラオブルートとゲオルギーネの陰謀が加速した。
次期アウブ・アーレンスバッハ、ディートリンデの婿にと請われ、ダンケルフェルガーとドレヴァンヒェルの後押しで王命が出される。
そしてフェルディナンドは星結びを待たずしてアーレンスバッハ入りを強要されたが、高みの住人となったローゼマインからの支援はなく、他領の者と切り捨てるエーレンフェストからの支援もなく、あっという間にぼろぼろに擦り切れて、即死毒に倒れた。
ランツェナーヴェの侵攻はジェルヴァージオの勝利で終わり、ユルゲンシュミットの貴族達は「出荷」された。
ユルゲンシュミットを満たす魔力は急激に減少し。
そして、織地が解かれる。
『今回も駄目だったわ』
『そうね。やっぱりマインがいた方がいいみたい』
『クインタもテルツァもエアヴェルミーン様を苦しめて! わたくしの書を得たツェント候補だというのに何をしているのです!』
『落ち着きなさい、メスティオノーラ。ほら、もう織地を解いたから』
『マインを起こしましょう。次こそはエアヴェルミーン様のお役に立ってもらわないと』
『綺麗な織地になるようにマインには記憶も貴女の書も持たせているのに、なかなか思うようにならないわね』
『織り直しを始めた頃、綺麗な模様があったけど……クインタの糸が足りないのかしら?』
『クインタは駄目です! さぁ、マイン。起きなさい!』
――織り直しは、終わらない。
:あとがき:
本好きの神話的に「白の婚姻」は「バリバリ子作りするぜ!」ではなかろうか。エーヴィリーベとかバイシュマハートとか。
布団から旦那を追い出すフリュートレーネの「緑の婚姻」より、旦那を布団に入れないシュツェーリアの「黄の婚姻」がそれっぽい?
などと考えちゃったりもするんですが、まぁ、分かりやすいのが一番ですからな。
コレは何でヴィルが勝手にロゼマの婚約を仄めかすんだ? とモヤっとしてだらだら書きました。
ループ中期〜後期、ロゼマ毒殺されまくりでする。
さて、ロゼマが死なないルートを探しに行くか……
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